Ultimaという自動車メーカー
正式名称は Ultima Sports Ltd
日本語読みだとウルティマ、またはアルティマでしょうか。
ウィキペディア日本語版に個別ページが存在しないくらいマイナーな自動車メーカーです。知っている人はかなりのクルマ好きだとみて間違いないでしょう。
ですが自社ホームページも存在する(けっこう細かいところまで載っている)ので頑張って英語を読めば大体のことは分かります。なのでこれから記してある事はそのホームページを私なりにまとめたものということになります。
国はイギリス、正確にはイングランドにある小さな企業
どのぐらい小さいかというとグーグルマップで見ると郊外型スーパーマーケットが隣にあり、敷地面積は同じくらいの広さ。
自分で部品を組み立てるキットカーとしての販売がメインの販売方法で、走行性能に特化した簡素な造りと購入者が組み立ての手間を負担することで安価に高性能な車両が手に入るのをセールスポイントにしています。
キットカーですが自分で組み立てる以外にも別料金でメーカー自身が組み立てを行ってもいて、自分の車両は本社で組み上げられた一台。(日本では国内で組み立てられたキットカーを登録して公道走行可能にするのはものすごく大変でスーパーセブンなどの他のメーカーのキットカーも完成した状態で輸入されます)
そんなメーカーの歴史ですが、
1983年 – 1988年 草創期
最初はサーキット用マシンから

1983年、リー・ノーブルという人物はNoble Motorsport Ltdを設立し、Ultima Mk1というクルマを発表しました。これが現在のUltima Sports Ltdの前身になります。
Ultima Mk1はサーキット走行のみを目的としていて独自設計の鋼管パイプフレームのシャシーに、 V6エンジンとトランスミッションをルノー30から流用。フォード・コルティナやブリティッシュレイランド・プリンセスからも足回り、ブレーキ等の各部に使用していました。
Ultima Mk1 はキットカーとして販売され、それは現在のモデルにも共通する特長となっています。限られた用途のクルマなので小さな規模での販売でしたが次のモデルの開発も進められていました。
Ultima Mk1デモカーを用いて後継のUltima Mk2は 99%開発されました。問題のあったルノーのリアサスペンションはNoble Motorsports自社製の合金物と取り替えられました。 これはルノー製ホイールベアリングとランチア・ベータのリアブレーキを受け入れるための機械加工が施されたものでした。
Ultima Mk2用シャーシの開発 Ultima MK2は本物のポルシェ956レースカーと並んでSports Car Monthly Magazineのプロモーション記事と写真撮影で紹介されたりもしています。
Ted Marlow(テッド・マーロウ)という人物が、Ultima Mk2をFord 3.1litre V6 Essexエンジンで購入することで、UltimaとNoble Motorsportsの発展が大きく前進することに。

両者は、テッド・マーロウの土木工学会社が後援(スポンサード)するレースシリーズにUltima Mk2でレースに参戦します。彼らは多くのレース優勝とラップレコードを記録し、デビュー年と次の年度と2年連続で総合優勝を成し遂げます。
テッド・マーロウ氏は、Ultima Mk2を改造して、ポルシェ製4速トランスアクスル、シボレー V8 Formula 5000ベースのスモールブロックエンジンに変更してUltima 搭載します。そのUltima Mk2は、Forwell Designsが主催する一連のレースで多くので優勝しました。

ULTIMA MK2は合計13台の車両が全世界に販売されました。
1989年 – 1992年 草レースで暴れる
Ultima Mk2 を進化させるべく、新規にアルミニウム製のボディを製造します。この最初のアルミニウムボディから新しいガラス繊維型が作成され、この型がUltima Mk3になりUltima Mk2の生産は終了しました。
他の顧客は、テッド・マーロウ氏のシボレーV8エンジンとポルシェのトランスアクスルを搭載したウルティマの驚異的なパフォーマンスを目の当たりにして、同じようにスモール・ブロック・シボレーV8エンジンを自身のウルティマのレースカーに搭載するようになりました。

この結果、他のレース参加者と速度差が生じてラップタイムに大きな隔たりがあらわれ、シボレーV8を搭載したUltima車は5年間レースを支配して毎シーズン優勝します。
1991年、速すぎることでウルティマは他の参加者にとって不公平であると見なされ、レースから締め出されてしまいます。
1992年、テッド・マーロウ氏は Noble Motorsport LtdからUltima Mk2とUltima Mk3の権利、冶具、および金型を購入します。
1983年から1992年の間にリー・ノーブル氏が所有していたUltimaの総数は26台で、合計13個のMk3キットが含まれていましたが、これでリー・ノーブル氏のUltimaへの関与が終了し、新たにこれまでの権利が引き継がれたUltima Sports Ltd が立ち上げられ、事業が展開されていくことになりました。
(リー・ノーブル氏は後に ノーブル・オートモーティブ という別の会社を設立してスポーツカーを製造、販売する事になり、日本にも輸入されています)
公道走行可能なロードカー製造へ
新しく生まれ変わった会社の目標は、部品の形で供給する高品質で手頃な価格の公道走行可能なスーパーカーを製造することでした。
テッド・マーロウ氏のUltima Mk3が当初デモ機および開発車として使用され、Ultima Mk3に対してすべてともいえる変更と改良により、Ultima Sportsと呼ばれる新しいモデルが生まれ、発売されました。

改良点は5速ポルシェG50トランスアクスル、エアコンオプション、ヘッドライト、ラゲッジルーム、ガスラムアシストドア、ウェザーシール、ロックドア、ハンドブレーキ、調整式サスペンション、乗り心地の向上、ワイパーシステム、フォグランプ、内装トリムなど。
Ultimaは比較的単純な形式で、他のどのロードカーよりも速くできるだけでなく、今まで組み立ての経験を持たない顧客がスーパーカーの何分の1のコストで作ることを可能にしていました。
この年はイギリスだけでなく米国へもUltimaが販売されました。
1993年 オープンモデルであるUltima Spyderが発表。

1996年 マクラーレンF1の元F1ドライバー兼チーフテストドライバーである Jonathon Palmer(ジョナサン・パーマー)氏が、Ultima Sportsを購入しました。
1997年 Ultima Sports Ltdが販売したUltimasの数が150に達しました。
Sports から GTR へ


1998年 古い工場から、道路を渡って新たな施設に移転。
Ultima Sportsに代わる新しいモデルの開発が始まります。 ダウンフォースの増加、エンジニアリングの向上、最新の規制への準拠、および組み立てやすさの向上に焦点に。
Ultima GTRと命名された新モデルは、Ultima Sportsよりもはるかに優れた性能を備え、より洗練された車を目指して開発が進められました。
1999年
Ultima GTRは自動車産業研究協会(MIRA)で、豊富な試験設備を使用して数多くの試験を行い開発が進められ、同時にオリジナルのホイールも作り始めました。
Ultima GTRは、Staffordショーで最初に公開されました。特徴はユニークな塗装を必要としない磨かれたGRPで作られたボディパネル。(これはレーシングカーにも用いられう手法です)


米国イリノイ州モリーンに拠点を置くAmerican Speed Enterprisesが、Ultimaの推奨エンジンサプライヤに。
2000年
Ultima GTRは、評価目的のためにカーボンファイバー製のボディワークで構築されましたが、標準的なゲルコートボディワークが塗料類を必要としないため重量およびコストを節約できたので、販売される事はなありませんでした。
Ultima GTRの組み立て式のスーパーカーパッケージは、高い完成度をもっていることが認められ、オープンモデルのUltima Can-Amの開発が始まりました。
重要な機能として、ウインドデフレクターからフルガラスのウインドスクリーンに素早く変更するためのシステムが開発されました。 (フロントウィンド、サイドウィンド無しからの脱却) さらにフルスクリーンオプションを用いると、ソフトトップの屋根も取り付けることができました。
2001年
Ultima Can-Amは、Stoneleighショーで最初に公開された新しい左ハンドルドライブと右ハンドルドライブのバージョンで発売されました。
2003年
Ultimaの総販売台数が400を超える。
世界記録を更新 して
2004年
Ultima Sports Ltdは、Richard Marlow(リチャード・マーロウ)によってドライブされた標準的な製造仕様である Ultima GTR(640bhp)で、0-100-0mphの世界記録を更新します。 それは0-60mphと0-100mphへの世界速度記録の条件も満たしていたので世界的に大きく報道され、小さなメーカーを有名にしました。
この後も連続して世界記録を更新したり、車両のアップデートが継続して行われました。
2009年
Ultima GTR720はMichael Schumacher(あのミハエル・シューマッハ)のフェラーリFXXが記録したトップギアトラックのラップタイム(1分10.7秒)を破ります(1分9.9秒)。

2010年
UltimaがMicrosoftから発売された世界的に有名なレースゲームのForza 4 Motorsportに登場するように。
その後も改良は続き、2015年にアップデートされた新しいモデルを発売。Ultima Evolutionと名づけられた現行モデルは、Coupe形式とConvertible形式の両方で販売されています。ただ、昨今厳しくなった諸規制の関係で日本での登録はかなり難しいと言われました。
以上がウルティマというメーカーを自分なりに調べたもののまとめになります。ただ、個人的な解釈も入っているので、より詳しく、正しく知りたいという人は本家のホームページを訪れる事をおすすめします。











